地元大阪人がガイドする素顔の大阪城

白龍(はくりゅう)大神の由来とは

天守閣の裏にある本丸の北東角に、赤い玉垣に囲まれて鳥居を設えた小さな社があります。

江戸時代、徳川大坂城では糒櫓(ほしいやぐら)があった場所で、豊臣大坂城では秀頼・淀殿らが自決した朱三櫓(しゅさんやぐら)あたりに位置します。

というと、何やらいわれのある社かと思いますが、実は違います。

これは、昭和になって天守閣を再建した大林組が工事の無事完了を感謝して建てたもので、白龍大神と呼ばれています。豊臣家とも徳川家とも何の関係もありません。

<写真> 白龍大神

白龍大神

白龍大神の存在を知る人は多くありません。なぜなら、この辺りに足を運ぶ人がほとんどいないからです。逆に言えば、静かで落ち着ける場所ということです。

大阪城の中でも最も高い場所で、絶好の眺望です。OBPや遠く摂津の山々を眺めながらお弁当を食べるなんて、素晴らしいぜいたくではないでしょうか。

<写真> 本丸北東端からOBPを眺める(右奥に白龍大神がある)

OBP

ただし、難点をあげるとすると、ベンチがかなり老朽化してしているのと、夏は草が生い茂っていることです。(まあ、だから人が来ないのでしょうが ・・・ 。)

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大阪城の3つの意味 天守閣の由来 お城とはどの部分か お城の曲輪と丸 大坂城の初代城主 大手門の枡形虎口 大阪城の桃園 徳川家康の天守砲撃 淀殿ら自刃の地 大阪城の西の丸庭園 真田幸村の抜け穴跡 豊臣秀頼は巨漢? 大坂城をつくったのは? 豊臣時代の大坂城 再建後の天守閣 石山本願寺「大坂城」 豊臣時代の石垣発掘抗 蓮如上人袈裟懸けの松 大阪城の3代目天守 大坂城の配水池管 普通の人々も戦った 大名屋敷と町名の名残り 細川ガラシア像 南外堀石垣の「謎の穴」 大河のような堀 白龍大神とは 天守閣の日本庭園 大砲・お城のドン 豊国神社の復興

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もくじ
大阪城の3つの意味
天守閣の由来
お城とはどの部分か
お城の曲輪と丸
大坂城の初代城主
大手門の枡形虎口
大阪城の桃園
徳川家康の天守砲撃
淀殿ら自刃の地
大阪城の西の丸庭園
真田幸村の抜け穴跡
豊臣秀頼は巨漢?
大坂城をつくったのは?
豊臣時代の大坂城
再建後の天守閣
石山本願寺「大坂城」
豊臣時代の石垣発掘抗
蓮如上人袈裟懸けの松
大阪城の3代目天守
大坂城の配水池管
普通の人々も戦った
大名屋敷と町名の名残り
細川ガラシア像
南外堀石垣の「謎の穴」
大河のような堀
白龍大神とは
天守閣の日本庭園
大砲・お城のドン
豊国神社の復興